大判例

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福岡高等裁判所 昭和41年(う)282号 判決

被告人 永江浩二

弁護人 三宅西男

検察官 水之江国義

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年に処する。

ただし、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人三宅西男提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。

論旨第一点について。

所論は、要するに原判決は判示第一として業務上過失致死の事実を、第二として酩酊運転の事実を各認定し、右第一及び第二の罪を併合罪として処断しているが、右両罪は本件事実関係のもとでは刑法第五四条第一項前段により一罪として処断すべきであるから、原判決は法令の適用を誤つたものであるというのである。

よつて、審按するのに、原判決挙示の各証拠によれば、原判示とほぼ同様の事実、即ち被告人は原判示の日時清酒約六合位を飲んで酩酊し、普通貨物自動車を運転して判示道路を進行中、前方を注視することも、ハンドルを確実に操作することもできない状態に至つたことを自覚したので、このような場合自動車運転者としては酔がさめて正常な運転ができるようになるまで運転を中止し、もつて事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り敢えて右運転を継続したため、判示古賀新市方前附近道路にさしかかつた際には泥酔状態に陥り、正常な注意力、判断力も運転能力も全く失い、折から右道路右側端に駐車中の軽四輪自動車の前部に自車の前部を激突させて軽四輪自動車を後退させ、たまたま同所を通行中の三宅康見に同車の後部車体を衝突させて転倒させ、同人を死亡するに至らしめたことが認められ、このような本件事故の経過に徴すると、本件事故発生の直前において前方を注視し、衝突事故を避けるため適宜の措置をとる等通常の運転者に期待されうる注意義務の遵守を、被告人に対し期待することは右のような心身の状況にてらし殆んど不可能であるから、この点で被告人の過失責任を認めることはできず、原判決認定のとおり被告人に運転中止を期待しえた時点においてそれにもかかわらず被告人が敢えて酩酊運転を継続したこと自体を本件業務上過失致死罪における過失行為と認める外はない。そしてこのように業務上過失致死事件において過失行為が酩酊運転行為以外には認められない本件のような場合には、自然的、社会的事実として一個である酩酊運転の行為が右道路交通法違反罪に触れると同時に業務上過失致死罪にも触れる場合にあたると解するのが相当である。

従つて、被告人の本件道路交通法違反罪と業務上過失致死罪とは想像的競合の関係にあり、刑法第五四条第一項前段第一〇条により一罪として処断すべきである。然るに、原判決が右両罪を刑法第四五条前段の併合罪であるとして処断したのは法令の解釈及び適用を誤つたもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。

以上説示のとおり原判決には刑事訴訟法第三八〇条に規定する事由があるので、論旨第二点についての判断を須いず、同法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従つて更に次のように判決する。

原判決が確定した事実に法律を適用すると、被告人の判示第一の所為は刑法第二一一条前段に、判示第二の所為は道路交通法第六五条、第一一七条の二第一号、同法施行令第二六条の二に各該当し、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により重い判示第一の罪の刑に従い処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、なお被告人の本件過失は重大で人一名を死亡させた責任はまことに重大であるが、被告人には何らの前科なく、本件事故後被害者の遺族に十分の誠意を示し三一〇万円の損害賠償の示談を成立させ、現在までその内金二一三万円以上を支払つていることその他諸般の情状を考慮するときは刑の執行を猶予するのが相当と思料されるので、刑法第二五条第一項を適用し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柳原幸雄 裁判官 至勢忠一 裁判官 武智保之助)

弁護人三宅西男の控訴趣意

第一(法令の適用の誤)

原判決には法令の適用の誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決の認定した事実は業務上過失致死と酩酊運転の事実である。

右判決書によると「被告人は自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四〇年一〇月二六日午後一〇時頃、飲酒の上普通貨物自動車を運転して長崎県南高来郡南串山村水の浦上村澱粉工場附近道路を同県同郡小浜町方面に向つて進行したが、当時酒に酔つて前方注視、障害物の避譲等の措置に万全を期すことができず、正常な運転ができがたい状態であつたから、このような場合には運転を中止し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、敢て右普通貨物自動車を運転した過失により、同日同時刻頃同県同郡南串山村丙九八七八番地古賀新市方前附近道路にさしかかつた際、酒酔のため全く注意力を失いヽヽヽヽヽ」とあつて、運転開始の際には酩酊はしていても心神喪失状態ではなく運転中に酔が昂じ心神喪失の状態に至つたものとの認定がされている。かかる場合、酩酊運転による道路交通法違反は心神喪失に至らない時期の運転において成立し、業務上過失致死の過失も心神喪失の状態に至らない段階において運転を中止せず敢て運転を継続した点に求めるほかない。原判決も業務上過失致死の過失を右の点に捉えているのであつて、被告人の運転する普通貨物自動車が駐車中の軽四輪車に衝突する際における運転上の具体的事実に過失を捉えているのではない。そうであるのに、原判決の如く前記両罪を併合罪とするときは酩酊運転の故意に内包する同一過失を二重に処罰することになる。同じ酩酊運転の場合であつても酔が昂じて心神喪失の状態に至らないで運転能力があつたのに運転上の過失があつて致死の結果を発生した場合であるならば、酩酊運転と業務上過失致死との構成要件的事実が各個独立であるから両罪は併合罪になるものと思われるけれども、本件の場合は前述した理由により刑法第五四条の観念的競合であると考える。然るに原判決がこれを併合罪として加重した刑期範囲内において宣告刑を定めたのであるから、これは法令の適用を誤つたもので、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

第二(量刑不当)

原判決は被告人を禁錮一年に処する旨実刑の言渡をしたが、これは量刑重きに過ぎて不当であると思料する。

その理由は次の通りである。

1 犯情について

イ 事故現場の道路上に古賀新市の軽四輪車が駐車していて被告人の運転する貨物自動車の通行できる余裕の道幅は僅か三、四五米しかなかつたことは実況見分調書に明らかである。飲酒のため心神喪失の状態にあつたのであるからいずれは事故を惹起すことではあつても事故現場の客観的状況が右に述べる如く極めて事故を起し易い狭い余裕しかなかつたことは考慮せらるべきである。

ロ 本件の事故が起きた当時、被告人は肝臓病にかかつていて特に酔が強くまわる状態にあつた(原審で取調べた診断書参照)のに、被告人は自分が肝臓病にかかつていることを知らなかつた。

2 犯罪後の情況

事故による被害の弁償は、被害者古賀新市に対しては同人所有の被害車を被告人の雇主である有限会社岩見屋の所有にし、その代りに岩見屋から同種の新車を被害者に与えた。被害者三宅康見か遺族に対しては原審判決時まで弁償が為されていなかつたけれども、被告人側に誠意がない為ではなくて、寧ろ被害者側がはじめの一五〇万円から二五〇万円、二五〇万円から三〇〇万円と被告人側が承諾をすればその上を行く要求を何回となくしたため難渋したものであることは原審証人三宅正勝同伊藤譲の供述の通りである。而して被告人側が三〇〇万円の支払をすることを承諾したところが更にまたその上に一〇万円を要求する等のことがあつて、遂に損害賠償金三一〇万円で折合がついたのは第一審判決後のことであつた。しかも被害弁償の妥結をはかるために加害者側から被害者側の弁護士宅に数回おとずれているのであつて、原判決前に被害弁償のため多大の努力を払つたのである。

昭和四一年三月二二日金三一〇万円の損害賠償の示談成立と同時に有限会社岩見屋は内金五〇万円を被害者の父親に支払いを了し、残金二六〇万円の支払方法は同年五月末日金一六〇万円、同年六月から昭和四四年二月まで毎月末日金三万円宛(但最終回は四万円)支払うことと定めて同年三月二五日公正証書を作成した。(領収証及び公正証書写添付)

被害少年の将来の収入は未定であるから金三一〇万円の損害賠償金(両親の慰藉料も含む)は少ない金額ではない。そのうえ、加害者本人(被告人)は資力がなく雇主である有限会社岩見屋は負債超過の資産状態である。それなのに金三一〇万円の賠償をするのは、被害者側に対するつぐないの誠意にもとづくことは言うを俟たないところであるけれども、一つには被告人が幼くして戦死した父を失い母に去られて頼るところの少い境遇に生い立ち今回の事故に際しても周囲から冷淡に扱われるならば心もすさんで行くであろうと虞り暖くこれをたすけんとする心によるものである。(証人伊藤譲の第二回供述参照)有限会社岩見屋の心をお汲み取り願いたい。

3 被告人は性来酒好きであるが非常に後悔して事故後は一滴も飲酒していない。(被告人の原審公判廷の供述)

4 被告人はこれまで如何なる前科もない。

以上の事情を考え合わせると、第一に述べた法令の適用の誤が仮になかつたとしても、被告人を執行猶予の恩典に浴せしめるのが相当であると思料する。

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